コンテンツへスキップ

研究の斬新性・チャレンジ性

①修験道は中世より始まり、日本古来の山岳信仰や道教、神道、仏教、天文学、医学などを融合して他者を救済しようとする実践的宗教であった。その知識伝達は文書に残さず、口伝を主としてきた。そのため物証となる資料が少なく、歴史的研究が難しい分野である。その精神世界を紐解くために、彼らの行為が記されている造形表現に注目した。美術史的検証だけでなく、制作者の意図や造形的特徴を,芸術工学的な観点から明らかにする点がこれまでにないアプローチの方法である。

さらに研究代表者知足美加子は、修験道の思想を現代社会における自然と人間の関係に新しい視座を与えてくれるものとして捉えるつもりである。東日本大震災は、自然環境と人間が作り出す環境とのバランス再考する機会となった。修験道の特質は山を修行の場とすること、そして教祖を持たず自然と対峙して真理を体得しようとする「個人的実践」にある。自然そのものから立ち上がる気配にコンセプトを加えて崇高なる空間(他界)を想定する。そこに身体を通じて関わることで自己変容を促すという思想をもつ。修験道は、山中の十界修行により「擬死再生」を体得できるという、独特の死生観をもっている。擬死再生とは山という他界世界で生きながら死に、新しい命を山から与えてもらうという思考である。このように自然の中で人間が本来の姿を取りもどし再出発できるという思考は、現代社会に生きる人間が潜在的に希求しているものではないだろうか。その造形観とは自然物そのものに解釈を加え有機的繋がりを持たせる、太陽運行や環境を活かす等、自然条件を造形要素として活用していることが多い。その造形解釈が彫刻や意匠のみならず地形的レイアウトにまで及んでいることに注目したい。

英彦山梵字ヶ岩

英彦山梵字ヶ岩

 
磨崖石仏

磨崖石仏

②立体芸術におけるデジタルデータ化の応用研究として、東京藝術大学の橋本明夫が行った、荻原守衛作《女》の3Dデータ化を基にしたブロンズ鋳造がある。貴重な石膏原型を鋳造によって傷つけることなく、触れることができる立体造形として再現した。彫刻のデジタルデータ化が芸術学研究に貢献するだけでなく、人々に新しい感動を与える ことを示した興味深い研究の一つである。

本研究は、同じく立体のデジタルデータ化という手法をとる。数値から抽出される造形的特徴を鑑みながら、風化・破損が進む野外の磨崖石仏の修復保存に寄与するものである。途絶えてしまった修験道文化の再生を、芸術と工学に求めるところに独自性がある。

英彦山がある田川郡は炭坑閉山後経済的な低迷を続け、旧産炭地失業計画も縮小されている。芸術と工学からのアプローチによって、英彦山の文化的価値を再発見し、アジアに向けたグリーンツーリズムに発展させたい。本研究が、アジア諸国のつながりを再構築するために、人々と自然との文化的関係と価値観を根本的に問い直す起点となることを願う。

3D立体スキャナーを用いた申請者の彫刻の計測

3D立体スキャナーを用いた申請者の彫刻の計測

 
3D立体スキャナーを用いた申請者の彫刻の立体コピー作品

3D立体スキャナーを用いた申請者の彫刻の立体コピー作品